しゅんすけ商店4

おれの周りの日常

コロナマークⅡ野郎

おはよう〜

今日も元気に「文化の日

小波は続くよ、ど〜こまでも〜♪

 

昨日は昼前に「粂は雨、いとをかし」が会社にやってきた。

「おっさん、そういやあ誕生日だったら〜、これ〜」

はい、ノンアルです。

ありがとう、「いとをかし」

永平寺、いつにする〜? おっさんからLINEきたらあ?そろそろ決めんといかんね〜」

彼は粂、いとをかし。

「今日は海どお?ちっせえらあ〜 オレにはちょうどいい。ウェット作ってさ〜 最近波乗りが楽しいじゃんね〜」

いいことだ。

「スポーツジム」からの救出に成功した瞬間だ。

f:id:ssshoutenn:20201102113806j:plain

彼は粂、いとをかし 笑)

 

数々の宴会芸で時代をリードしてきたので、若いみなさんは「粂のSURFING」は記憶にないだろう 笑)

しかしながら、一昔前は「WAVE-COLOR」(今はないSURFSHOP)を「引っ張ってた」(本人談:少しオヒレ

愛車は「オニクラ」

座右の銘は「どたり〜」

称号「ドタリスト」「寿野郎」

彼を取り巻くw笑いの渦は、今や「岩田の祭り」をとり仕切る「TO」に、色濃くダメージを残した 笑)

 この「コロナ自粛」の中、あの祭りを強行するメンタルの強さは、この「「お笑い界」の中で培われたのであろう。

その先駆者である「いとをかし」

今月中に、日本海に「ぶち込んだる」笑)

 

ここでついに「自粛」についてのオレの見解を置いておこう。

あくまでも「オレの見解」なので、お前らはそれぞれ判断するがいい。

 

いろいろな人が集まり、コロナに感染するリスク、感染させるリスクがある中で「集まり」を行うのを「自粛」しよう、という動きについてだ。

 「自粛」とは、「自分で進んで、行いや態度を改めて、つつしむこと」とある。

オレが注目したいのは「自分で」というところ。

状況や周囲がどうであれ、「自分の判断」がまず一番先にあるんじゃないか。

オレはそれを「最優先」した考え方に賛成だ。

「やる」のも「やらない」のも、各々がよく考えた上でのこと。

「やって言われえるリスク」も「やらなくて後悔する」のも一緒。

その時々の判断は、個人のものであって、集団の心理に沿うもので無くてよいのではないのか。

もちろん「クラスター」など出してしまい、社会的に思いっきり「ディスられる」ことも念頭に入れての判断だ。

 「感染した人」は「感染者」を恨むだろうが、感染者も元は感染していなかった人で、進んで感染したわけじゃない。

 コロナはインフルエンザと云々言う人もいるが、そんなことより先に

「地球上でみんなで暮らしてる」んだ。みんな「繋がってる」

 

もちろん生きていく上で「同調」は必要だ。

個を通すために「自分勝手」になって行くのは違う。

しかしこれが「上のもの」の「意思」とかが入ってたら、しかも「イビツに」入っていたら、それでも「周囲に合わす」ことに、後悔はないか?

 

結局、やってもやらなくてもそれは「その人の判断」

オレはそれを尊重する。

 

だって、どっちみち「良くは言われねえだろ?」って、世の中ってやつはまあ、例えば「当て逃げする芸能人」と「それを書いて収入を得るもの」が存在するんだ。

この場合、どっちが正しくて、どっちが悪なのか判断できるか?

もし、その両者が「友人」だった場合、お前ならどちらの肩を持つ?

 

沿う、それが「お前の判断」だ。

それでいい。

 

おれも年に一度、公共の場である海岸を年に1回「封鎖して」イベントを行ってきた過去がある。

もちろん「全員賛成」だった訳がない。

 

でも「やってよかった」と、「オレは」思ってる。

 

1回しかない人生、「あの時やればよかった」と、「後悔」したくねえだろ?

 

やってみてやってみて、頑張ってやってみて、「ダメだったらやめるだけ」

 

オレ様が、いい言葉を教えてやろう。

「友人が友人にかける迷惑など、存在しない」

「前乗りの前のりは、前乗りではない」

 

「お互いSUMMERに愛」

 

今日は「文化の日

みんなで生きたこの時代、いい日を過ごそうじゃないか‼️

 

「大病」で動けない人もいるんだから。

頑張ってくれよ、パイセン。

 

さあ、今日は晴れるぞ。

「ノンアル」持って、海でもいくかの〜ん!

風吹いたらやめよ。。。

 

じゃあの